空港での修理で背筋が寒くなる話

業務用エアコン修理で背筋が寒くなる話

当時の伊丹空港の南端に豊中から伊丹に抜ける地上の道路があった、今ではジャンボ機の導入により延長された滑走路の下に地下トンネルの道路が出来ているが、当時は地上の道路に車を止めて飛行機の発着陸を見物に来ている人達が群れを成していた。
その道路から200メートルぐらい滑走路に入った所にコンクリートブロック壁に屋根はスレートで爆発などの際に軽く吹き飛ぶ様な構造の四角い20坪ぐらいの「航空機エンジンテスト室」があった。
当時の旅客機のプロペラエンジンは丸いカプセルの密閉容器に一台ずつ格納されていて、アメリカから船便で送られて来るのをテスト室の台座に固定し、航空機内と同じ配管を銅管やフレキホースでつなぎプロペラを取り付けて各種性能テストをし、合格したものを航空機本体に取り付けるものであった。
航空機の配管は、燃料系統、潤滑油系統、防錆系統と3系等に別れ、それぞれストレージタンクからテスト用エンジンの近くまで2トンぐらいの銅管を使って配管するもので狭いテスト室内には15人ほどの作業員が入りそれらの工事をしていて、建築、配管、電気工事ともに終盤に入り各々テスト段階であった。
建築工事の方で動力の電動工具を使いたいと言うことで、電気工事業者の指定する配電盤の動力コンセントにキャプタイヤーケーブルを接続しその上のハイプロスイッチを入れても電動工具が動かないとその作業員が言っているのを私は側聞していた。
そうこうしているうちに「パチパチ」という音と同時に潤滑油のストレージタンクから黒煙が上がりオイルの焦げる臭いが出はじめた、その瞬間私の脳裏に “あぶない” とひらめいた! 並べて配置している燃料タンクには130オクタンの透きとおる青色のテスト用航空燃料が満タンに入っている、真夏の直射日光がスレート屋根を熱し室内は40℃ぐらいで燃料の気化ガスが充満している。

一瞬“顔からさっと血の気が引くのが分かった”とっさに私は大声で怒鳴った 「みんな逃げろ!爆発するぞ!」 室内の作業員はクモの子を散らす様に屋外に飛び出したが、建築業者がコンセントを入れていたのを覚えていた私は”あれだ”と直感した。

潤滑油のタンクには油温を上げる為の電気ヒーターが内蔵されていた、テスト中のためオイルはドラム缶に移され底面に少ししか残っていなかったがそのヒーターから黒煙が上がっていた。
工事中の為機器からコンセントまではキャプタイヤーケーブルで接続されていて、他の電線と一緒になってヒーターからコンセントまで手繰って行く時間の長かっこと、実際は10秒ぐらいと思うが1~2分間以上の長さに感じた、その時は死に物狂いであったのを今でも鮮明に覚えている。
やっとたどり着いてそのコンセントを引き抜くと同時に屋外に脱出した、みんな建物を遠巻きにしながら”いつ爆発するか分からない恐怖”で青くなっていた、3分、5分と経過しても”爆発”は起こらなかった。
相当時間が経過してから私は恐る恐る室内を覗いて見たが異常はなかった、調査の結果建設業者が自分のコンセントを入れる時、すぐ横にあった同型の電気ヒーターのコンセントを間違って差し込んでしまったのが原因と判った。

もしコンセントを抜くことが出来ずに電気ヒーターの表面温度が気化ガスの引火点以上になっていたら?と思うと今でも “背筋がぞっとする” 思いである。
もし、大阪国際空港の滑走路の一部で 「爆発事故発生!」と成ったら大事件だ、当時は今ほど安全管理が徹底されていなかった、単純ミスが大きな事故につながる多くの要素がその後ろに隠れていることが後で分かった、我々が持ち込む工具類は表面に銅メッキ処理をして、落下時に火花の発生を防ぐ処置をしていたが、 システムとしての総合的な安全管理とその確認手段が甘かったと、大いに反省させられた“事件”であった、高圧ガスと電気設備に常に関わりを持っているサービスマン諸君にも今後何らかの参考にして頂けたら幸いである。

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