エアコン修理で良い思い出・いやな思い出

業務用エアコン修理の良き日悪しき日

入社したのが小型冷凍機メーカーで、冷媒はメチルクロライドでした。
当時の冷凍機サービスマンは高等小学校卒が大半で、職人的気質が強く、苦労の末見覚えた大切なノウハウはなかなか簡単には私には教えていただけませんでした。
またサービスマニュアル等の資料も全くなく、自身が書店にて専門書を購入し勉強しなければならず、また高度の学術書はあっても初心者向けの本はなく困った時代でした。
入社2ヵ月のある日突然「今日夕方から小僧を一人つけるから冷凍機の据付けに行ってくれ」といわれました。その時の私は膨張弁、ドライヤーの名前ぐらいは聞いていましたが、それがどんな役目をするものかもわからないレベルでしたので、辞退したのですが、「お前さんは高い教育を受けているからそのぐらいのことは出来るはず」といわれ、行かざるを得なくなりました。

近くに据付けてある冷凍サイクルをスケッチして、それを持って現場に行きました。夕方から大雨になり自動車のない時代でしたので、冷凍機や配管材料を大八車に積んで、職人さんが現場まで運んでくれました。ところが材料が雨に濡れ、又冷媒の水分含有量が多かったため、配管接続後水分チョークに悩まされました。朝方までかかって7~8回乾燥剤(塩化カルシウム)を入れ替えて10時頃にはやっと試運転が完了することができました。

帰社しますとサービスのみんなが笑いながら「うまくいったか」といったので「なんとか完了した」と答えると怪訝そうな顔をしました。
その日は一日中寝不足と重なって不愉快でした。嫌がらせと意地の張り合いの時代でしたが、それが今の私を作ってくれたのかも知れません。そのサービスの時代の思い出の一つを書き記します。

入社一年ぐらいは冷凍機の設計をやっていましたが、サービスの手が足りないとのことでサービスに行くことになりました。ある朝道具類を皮カバンに入れ冷媒ガスは小型ボンベに充填して大フロシキで包み電車で三宮へ、それから神姫バスで東条へ行きました。到着したのは午後二時頃で早速点検したところ圧縮機の吐出板弁が悪いらしいとわかりましたが、部品の持ち合わせがなく困りはてました。
客からは早く修理してくれないと肉が腐るとの督促でしたので、苦肉の策として古いノコギリを出してもらいタガネで切って砥石で手仕上げして一枚の板弁を作り上げました。
やっと取り付け運転しましたところうまくゆき大変喜んでもらいました。
翌朝松茸の持ち山があるので案内するとのこと、同行して山に入れば30分程にして大きなカゴにいっぱいとれ手土産として2㎏程頂きました、もっとも当時は松茸よりも肉の方が貴重品でしたが、いま思えば夢のようなことでした。

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